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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)2835号 判決

原告

信定肇

被告

中央電気工業株式会社

ほか二名

主文

一、被告中央電気工業株式会社、同被告西本繹は、各自、原告に対し、金一、二六六、六二〇円および内金一、一六六、六二〇円に対する被告中央電気工業株式会社につき昭和四四年六月一四日以降、被告西本繹につき同月一五日以降、各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告中央電気工業株式会社、同被告西本繹に対するその余の請求ならびに被告中川金重に対する請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用はこれを三分し、その一を被告中央電気工業株式会社、同被告西本繹の、その余を原告の各負担とする。

四、この判決第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告らは、各自、原告に対し、金三、二八七、二二〇円に対する訴状送達の翌日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

第二、請求の趣旨に対する答弁

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第三、請求の原因

一、事故発生

(一)  発生時 昭和四四年一月三一日午後五時四〇分頃

(二)  発生地 大阪府松原市上田町七二三番地

(三)  事故車 自家用普通貨物自動車(大阪四り二九八号)

運転者 被告西本

(四)  被害者 原告(運転中)

(五)  態様 追突

(六)  傷害 頸椎部損傷、昭和四四年二月一日より同月四日まで通院治療を、同月五日より同年三月二五日まで入院治療を、退院後も現在に至るまで通院治療をそれぞれ受けているが、後頭部から頸部にかけての筋緊張と疼痛腱反射低下傾向、耳鳴りなどの後遺症が残りその程度は自賠法施行令別表等級の九級に該当する。

二、責任原因

(一)  被告中央電気工事株式会社(以下被告会社という)は事故車を業務用に使用し自己のため運行の用に供していたもの。又、被告西本を使用し、同人が被告会社の業務を執行中、前方不注視の過失によつて本件事故を発生させたもの。

(二)  被告中川金重は事故車を所有し自己のため運行の用に供していたもの。

(三)  被告西本繹は前方不注視の過失によつて本件事故を発生させたもの。

三、損害

(一)  治療費 金一二二、七〇〇円

昭和四五年三月一日から同年六月三〇日までの治療費。

(二)  通院交通費 金二〇、五二〇円

(通院回数) 三四二回

(交通費) 原告宅から西成病院までバスで往復金六〇円を要した。

(三)  休業損害 金三〇〇、〇〇〇円

(休業期間) 三ケ月間

(事故時の収入) 月収金一〇〇、〇〇〇円(原告は調理士の資格を有してふぐ料理店を経営し、一ケ月少くとも金二〇〇、〇〇〇円の売上げがあり、諸経費を差引き、毎月金一〇〇、〇〇〇円の純収入を得ていた。)

(四)  使用人雇入れ費用 金四四、〇〇〇円

原告は本件事故のため稼働できず、原告の経営するふぐ料理店の営業のため使用人を雇い入れたので、これに支払つた費用。

(五)  慰藉料 金二、七〇〇、〇〇〇円

(六)  弁護士費用 金一〇〇、〇〇〇円

四、よつて、被告らに対し、請求の趣旨記載どおりの裁判を求める。

第四、請求の原因に対する答弁および主張

一、請求原因第一項(一)ないし(五)の各実および同第二項中被告西本に原告主張の過失の存した事実を認めるが、同第一項(六)、同第三項の各事実は不知、その余の事実を否認する。

二、責任原因についての主張

(一)  被告会社は事故車の運行供用者ではない。

被告会社は電気工事の施行を業とするもので、訴外加来己代治はその下請人の一人であるところ、本件事故当事、訴外加来は被告西本を含む従業員一六名を使用し、事故車を含む四台の自動車を所有して下請工事をなしており、被告西本に対する管理支配は被告会社と関係なく独自になしていた。このように被告会社と被告西本および事故車とは何ら関係なく又本件事故は被告会社の下請業務に従事中に発生したものではなく、被告西本において、業務を了えて同僚と自宅へ帰る途中に発生させたものである。従つて、被告会社は事故車に対し運行支配も運行利益も有していないので、運行供用者、責任を負担しない。

(二)  被告中川は事故車の名義貸与者にすぎない。

被告中川は訴外加来方の従業員であるが、車庫証明の関係で、事故車の登録名義を訴外加来に貸与しているもので、事故車の真の所有者は訴外加来であり同人が事故車を業務用に使用していたのである。

三、弁済

治療費金五五九、七〇〇円、代替使用人費用金六〇、〇〇〇円を支払いずみである。

第五、抗弁に対する答弁

被告らの弁済の主張のうち、原告が金六〇、〇〇〇円の支払いを受けた事実は認めるが、治療費の支払いの点については不知。

第六、〔証拠関係略〕

理由

第一、請求原因第一項中、(一)ないし(五)の各事実は当事者間に争いがない。

第二、傷害の程度、内容

〔証拠略〕を綜合すれば、原告は、本件追突事故により、頸椎部損傷の傷害を受け、大阪府済生会西成病院に、昭和四四年二月五日より同年三月二五日まで四九日間の入院治療を受け、又、同年二月一日より同月四日まで、および同年三月二六日より昭和四五年六月三〇日まで四七六日間(実通院日数三三二日)の通院治療を受け、昭和四四年九月頃には、後頭部から頸部にかけての筋緊張、腱反射低下傾向、頸部の疼痛と愁訴を残して症状固定の状況にあつたことが認められ、右認定に反する措信すべき証拠はない。原告は、原告の後遺症の程度は自賠法施行令別表等級の九級にあたると主張し、前記甲第一号証の診断書にも「労働者災害補償保険級別九級該当」なる記載が存するけれども、右診断書に記載されている後遺症の内容は、他覚的所見として、前記認定の症状が記載されているにすぎず、これをもつて神経系統の機能ないし精神に障害を残し、服する労務が相当な程度に制限されるもの(旧労災障害等級の九級)とは到底認められない(局部に他覚的に認められる神経症状を残すものならば自賠法施行令別表等級の一二級に該当する程度と解するのが相当)ので、原告の右主張は採用できない。

第三、責任原因

一、被告西本繹に本件事故発生につき前方不注視の過失の存したことは当事者間に争いがない。

二、被告会社の責任

〔証拠略〕によれば、被告会社は、ビル、工場、一般家庭の電気工事と冷暖房工事の業務を営み、その輩下に約二〇軒の下請け業者を抱え、被告会社自体は直営工事をなさずに受注工事のほとんどすべてを下請負させ、被告会社の社員を工事現場に派遣して工事の指示、監督にあたらせていたこと、そのため、主な下請業者の被告者にも労災保険の適用につき被告会社の従業員と同様の取扱いを受けさせ、又、下請業者の業務用に使用する車の車体に被告会社名を表示することを承認していたこと、昭和三二年頃から訴外加来己代治を下請業者の一人として使用し、被告会社加来班として屋内配線工事などにあたらせ、訴外加来の業務用に使用する車(本件事故車ではない)の一部にはその車体に「中央電気工業株式会社加来班」なる表示をさせており、同訴外人の被用者にも被告会社の労災保険を適用させていたこと、訴外加来は、被告西本繹を含む一六人の従業員と、本件事故車を含む四台の自動車を使用して、もつぱら被告会社の電気工事の下請負を営み、下請人として、被告会社の受注工事を遂行のため、同訴外人の所有する(但し登録名義上の所有者は後記のとおり同訴外人の被用者である被告中川金重であつた)本件事故車をその業務用に使用していたこと、事故当日、被告会社の下請工事を終え事故車に加来班の人夫三人を乗せ、被告西本が運転して工事現場からの帰途、本件事故を発生させるに至つたものであること、の各事実が認められ、右認定に反する措信すべき証拠はない。これによれば、被告会社は、訴外加来をその被用者と共に、被告会社の支配のもとに稼働させていたもので本件事故車も訴外加来および被告会社の業務の遂行のために運行の用に供されていたものと認められるのでそうならば、被告会社は訴外加来と共に事故車を自己のため運行の用に供していたものということになる。

三、被告中川の責任

〔証拠略〕によれば、本件事故車の自動車登録原簿の使用者が被告中川金重名義である事実が認められる。しかしながら、〔証拠略〕によれば、被告中川は、昭和三六年頃から前記訴外加来己代治方に電気工として雇れている者で、同訴外人が本件事故車を購入した際、正規の保管場所がなく、事故車の保管場所を確保していることを証する書面(いわゆる車庫証明)を提出する必要上、同被告の名義を借りて、同被告の使用者名義となしていた事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

これと、前記認定の本件事故車が訴外加来(および被告会社の)の業務用に使用されていた事実と考えを合せれば、本件事故車に関する被告中川の登録上の使用者名義は全く形式的なもので、被告中川には本件事故車につき運行の支配も利益も帰属していないものと認めざるを得ないので、そうならば、被告中川は本件事故車の運行供用者ということはできない。従つて、原告の被告中川金重に対する本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であつて、棄却を免れない。

第四、損害

一、治療費 金一二二、七〇〇円

〔証拠略〕により、昭和四五年三月一日以降同年六月三〇日までの治療費として、金一二二、七〇〇円の出損を要する事実が認められ、右認定に反する証拠はない。なお被告らは、治療費金五五九、七〇〇円を支払つたと主張し、〔証拠略〕によれば右事実を認めることはできるが、これと〔証拠略〕と対比すれば、本訴請求の治療費は右支払われた治療費とは別個のもの(同年二月二八日以前の治療費が支払われたもの)であることが明らかである。

二、通院交通費 金一九、九二〇円

前記第二認定のとおり原告が大阪府済生会西成病院に合計三三二回通院した(原告は三四二回通院したと主張するが右認定を越える部分については証拠がない)ものであるところ、〔証拠略〕によれば、バスを利用して通院に要する交通費は一回につき往復六〇円である事実が認められ、これに反する証拠はないので、これによれば通院交通費は金一九、九二〇円と算定される。

三、休業損害 金一八〇、〇〇〇円

〔証拠略〕によれば、原告は、昭和三二年頃ふぐ販売営業の許可を受けて、丸福なる屋号でふぐ料理などの飲食店を営みもつぱら調理の仕事をなしていたこと、本件事故のため、事故当日より三ケ月間は全く稼働できなかつたが、その後は、店に出てほとんど従前どおり稼働していたこと、がそれぞれ認められる。ところで原告は、右営業による収入は諸経費を差し引き毎月金一〇〇、〇〇〇円であると主張し、原告本人はこれに符合する供述をするが、右はたやすく措信しがたく他に右主張を認めるに足る証拠は何もない。しかしながら、原告本人尋問の結果によれば、原告の右「丸福」なる屋号の飲食店における昭和四二、四三年度の税務署に対する確定所得申告額がいずれも金五〇〇、〇〇〇円前後であつた事実が認められ、これに前記認定の各事実および〔証拠略〕を綜合すれば原告自身の右飲食店における労務の対価は控え目に見積つて金六〇、〇〇〇円程度と認めるを相当とする。そうならば、原告の休業による損害は合計金一八〇、〇〇〇円と算定される。

四、使用人雇入れ費用 金四四、〇〇〇円

〔証拠略〕によれば、原告が本件事故のため前記「丸福」に出店できなかつた期間のうち昭和四四年三月五日から同月二五日までの間、同店の留守番兼手伝いとして訴外飯田初枝を雇い同人に金四四、〇〇〇円の支払いをなした事実が認められるので原告は同額の損害を受けたことになる。なお、原告が被告らから代替使用人費用として金六〇、〇〇〇円の支払いを受けたことは当事者間に争いがないが、〔証拠略〕証を対比してみれば、本訴請求の代替人雇い入れ費用は右支払われた費用とは別個のもの(同月四日以前の費用が支払われたもの)であることが明らかである。

五、慰藉料 金八〇〇、〇〇〇円

前記認定の受傷の部位、程度、入通院期間、後遺症の内容、等本件に顕れた一切の事情を考慮して、慰藉料を金八〇〇、〇〇〇円とするを相当と認める。

六、弁護士費用 金一〇〇、〇〇〇円

本件事故と相当因果関係のある損害として被告に賠償を求めうる弁護士費用は、本件事案の内容、認容額等を考慮して金一〇〇、〇〇〇円とするを相当と認める。

第五、以上によれば、被告会社は運行供用者として、被告西本は不法行為者として、各自、原告に対し、金一、二六六、六六二円および弁護士費用を除いた内金一、一六六、六二〇円に対する訴状が送達された日の翌日であること記録上明らかな被告会社につき昭和四四年六月一四日以降、被告西本につき同月一五日以降、各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務あること明らかであるから、原告の本訴請求を右の限度で認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉崎直弥)

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